なぜか日本の伝統文化と言うか慣わしを一から学びなおさないといけない気がして、今日本屋さんで、日本史の本を3冊と民俗学の本を買いました。
「民俗学」。今まで全く触れたことのない領域。
今回購入したのは入門的なものなので身の回りの慣わしの解説から始まっている。
読むもの読むものすべてが、何気なしに行っていることなのにすべて意味が込められている伝統の上にあるということを認識させられる。
昔の人がどういう思いで、こういう行動様式を取ったのかということを知るのはとても重要だと思うようになった。 こういう風に思ったきっかけはある人の言葉です。
「最近の親は子供の教育がなってないといわれるが、その原因は戦後の復興期に親だった人たちが子供達に十分にその文化を教育してこなかったからである。働け働けという高度経済成長の最中、働くことと家庭の温か味を大切にするというバランスを失ったのだ。最近の親は、「いただきます」の意味もろくに知らない人が多い。」
戦後の苦しい状況の中で、生き延びることに精一杯で教育どころではなかったことは容易に想像できるので、仕方ないことだとは思うけど、今の時代だからこそ、それをもう一度見直しても良いのではないかと思う。
日本から「気持ち」とか「思いやり」が消えてきていると思うでしょ?
私自身も「いただきます」の意味は?といわれると知らなかった。
「いただきます」とは、植物も動物もそれぞれ命をはぐくんでいる生命体であり、我々人間はそれらの命をいただくことで、自らの命を継続できている。その私達の命のために、動植物の命を「いただく」ことを感謝して、「いただきます」と心をこめて唱えるのであります。
最近の給食費の不払いなんかは言語道断ですが、中には「給食費払ってるんだから、うちの子供にいただきますなんていわせないでください」という親がいるらしい。 人から恵んでもらうから「いただきます」なのではないのです。
そういう命の有難みを感じられない親に育てられた子供は確かに命の尊さなど全く感じない寂しい人間(いや、人間ではないかもしれない存在)になるのでしょうね?
一親として、それぞれの背景にある本当の意味を後世に伝えて行きたいと思いました。
民俗学に触れるつもりが「いただきます」で終わってしまいました。
続きはまた。
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